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石垣の博物館

金沢城 多種多様の石垣


金沢市役所から10分位歩くだけで 兼六園 そして金沢城に通じる道にでる。
名所のほとんどが集中しているので 歩ける人なら一日でほぼ回れると思う。
広坂交差点。ここを右折すれば 21世紀美術館。
前面の桜並木とぼんぼりが並んでいるのは 兼六園。
兼六園は 以前息子との親子旅で訪れたことがるので 今回は左折。金沢城に行く。
056_201904122151197dd.jpg


左折してすぐに この佇まい(*^_^*)
青空 桜 石垣・・・・・なんて素敵なんでしょう!

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写真で感じるより ずっと高い立派な石垣。
その積みかたも 石の種類も様々です。
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手入れの行き届いたきれいなお堀。
059.jpg

水面下 見えないところでしっかりと土台となってお城を支える石垣。
水面下の石垣

野面積みもありました。石垣の最も初歩的な積みかたです。
これからスタートし 打ち込みハギ 切り込みハギと進化し
敵兵がよじ登るときの取っ掛かりが少なくなるよう工夫・改善がなされたのかと
灌漑深く しばし見入りました。
野面積み


野面積みの石垣


緩やかな上り坂の道路を挟んで向かいが兼六園。
桜並木が続き 春の華やぎを感じます。
062.jpg

金沢城が見えてきました。
姫路城を彷彿とさせるような なまこ壁。満開の桜が映えて なんて美しいこと!!
072.jpg

坂を上りきったところで 道路を渡り対面の兼六園側の露天商の並ぶ 更に急な坂を上ります。
そこに兼六園側とお城を結ぶ橋が架けられており この橋を渡ってお城に入ります。
人がいる所は 道路の上にかけられた 兼六園とお城を結ぶ橋の上です。
081.jpg


石川門。左右の石が異なりながらも 絶妙のバランスで調和しています。
火事にあった際 被害の少なかった石を再利用したのが左側の石垣。
新しい石と技術が右側の石垣です。
083.jpg


勾配部分と破風の下の石垣は 石の種類も積みかたも全く違うが
美しく調和しています。
096.jpg

お堀の周囲の桜並木。お城に桜 そして水面。日本の美が揃い 見入りました。
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計算され尽くした端正な美しさ。感じ入るばかりです。
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打ち込みハギ。合い間には細かな石が溝を埋めています。
100.jpg


打ち込みハギのアップ。
099.jpg

こんな大きな石で造られた石垣がありました。
岩手の 不来方城の石垣も 目を見張る大きさだったことも思い重ねながら見入りました。
大きな石


切り込みハギ。剃刀の刃さえ通さないくらいに きっちと積まれた石垣。
色調も柔らかく和モダンです。
106.jpg

お城の門がなければ 現代アートの美術館のような佇まいです
現代アート

美術館のよう

写真の整理が追い付かないほど さまざまな石垣を映してきました(*^_^*)
金沢城は残念ながら 天守は残っていませんが「石垣の博物館」と言われるほど
石も多種類 積みかたも多様で
その美しさと共に 飽きることのない美しい素晴らしいお城でした。

コメントの投稿

Secre

No title

本当に美しいお城ですね。
お城は、命を賭ける戦場の源ですのに美しすぎます。
改めて日本の武将たちの美意識の高さを思います。

昔、昔行ったことがある筈の金沢、
ゆっくり訪れてみたいと思いました。

No title

凄い石積みですね!
私も石垣大好きで、何時間見ていても飽きません。
(石垣の前で止まってしまうので妻に置いていかれる、、、)
自分でも真似事で石垣を積みますが、お城の石垣は半端ない技術ですね!
何せ石垣の下には、お堀があって水でグチャグチャ。
条件最悪なのに時を経ても当時の姿を保っている!
凄いことです。

こすずめ様

こすずめさま おはようございます(*^_^*)

> お城は、命を賭ける戦場の源ですのに美しすぎます。
> 改めて日本の武将たちの美意識の高さを思います。

本当にそうですよね。命を懸けて守る場所・・・そんな思いもあるせいでしょうか 切なく胸に迫るような美しさでした。
石垣の間を埋める 小さな石ころの一つ一つにも 命に繋がる思いがあったのかと灌漑深いものがありました。
堅固でありながら 優雅で すべてが調和する美意識の高さと 深い知識の裏付けを感じました。

> 昔、昔行ったことがある筈の金沢、
> ゆっくり訪れてみたいと思いました。
目で楽しむなら桜の頃 味で楽しむなら 香箱蟹 そして蕪鮨の初冬かなと思います(*^_^*)

ran様

ranさま おはようございます(*^_^*)

> 何せ石垣の下には、お堀があって水でグチャグチャ。
> 条件最悪なのに時を経ても当時の姿を保っている!
> 凄いことです。

嗚呼~本当にそうでした!!
水に浸っている部分の石垣の凄さにまでは 思いが至りませんでした。
今度から お堀の水に浸りながらしっかりとすべての基盤となっている石垣にも
思いを深くして行きたいと思いました。
大切な気付き。教えて下さって有難うございました。

こんばんは。

城の石垣いやお城にお詳しいこと、びっくりしました!
石垣の石とその積み方を見れば、縄張りした年代が判るといいますが、
金沢城のそもそもは柴田勝家の甥であり、猛将として知られた佐久間信盛が作った城です。
その後前田利家が城主となり、石高が上がるにつれて縄張りを広げていったようです。

石川門を見るだけでも、櫓、小天守、天守閣が健在であったころの壮観が偲ばれますね。
実は前田家にはもうひとつ、幕府から警戒されるほどの城がありました。
それが越中(富山)の高岡城です。
私が育った町、高岡にあった巨大な城郭です。

作らせたのは前田利家の長男、前田利長。
金沢城を百万石にふさわしい城郭にしたのは、この利長でした。
金沢を二代目に譲って越中富山城に移りましたが、火災で焼け落ちたので高岡に新城を設けたのです。
この高岡城を縄張りしたのが当代一の築城名人といわれた高山右近でした。
ちょうど高岡築城が完成した時代、幕府はキリシタンを禁じる政策を打ち出したのですね。

高山右近は人も知る熱烈なキリシタン大名でした。
そのため高岡城は幕府から取り壊しの憂き目を見ることになったのです。
城郭は壊されたものの、広大な掘割は当時のまま残っています。

中高生の頃、その城壁跡で遊んでいると、
石垣にクルスやラテン語?が彫り刻んであることを、
誰かのいたずらかと思っていたのですが、
後年、前田家、高岡城、高山右近のことを知り、やっと合点がいったものです^^;

ISさんのお話、あまりにも興趣を覚えましたので、
思わず調子に乗ってしまいました。
すみません。

NANTEI 様

NANTEIさま おはようございます(*^_^*)

当時の人々が命を吹き込んで築城し 命を懸けて守ったお城。
数奇な運命と様々な歴史を飲み込みながら 切なくなるような美しさ・・・・・

NANTEIさまに こうして教えて頂いた機会に
きちんと学び 思いを深めたいと思いました。
とっても有難いお時間を頂きました。
いつも本当に有難うございます。
これからも どうぞよろしくお願い致します。

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Author:言の葉IS
みちのく秋田在住。
座右の銘{往く言葉が美しければ 還る言葉も美しい}
日常の小さな出来事を綴ります。

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