嬉しいサプライズ~鳥取 ③

鳥取城に行きました(*^_^*)


県庁や警察などが立ち並び 整然と整った街並みに面して 鳥取城跡があります。
お堀も含めて久松山公園として 観光客や地元の人が散策に訪れる 風雅な佇まいの地でした。
お堀


今は天守はありませんが 往時を偲ばせる美しく整った石垣が続きます。
①鳥取城


石垣の修理期間は過ぎていますが(この写真を写したのは30年10月14日) 
まだ大量の石垣が修復待ちで 金網越しに積み上げられていました。
②工事延期


お城の石垣を見上げると 目に入ってくる白亜の殿堂。
③お城の上


整えられた石垣の道を この建物の正面に向かいます。
横から


鳥取藩第十四代当主 池田仲博侯爵の建てた 仁風閣(じんぷうかく)正面です。
門からお屋敷まで 玉砂利の長い道が続き 歩くたびにキュツキュッと音がします。
⑥お屋敷への道


仁風閣と命名したのは 当時の海軍大将 東郷平八郎。
フレンチ・ルネッサンス様式の 瀟洒な気品のある建物。入場券も美しい(*^_^*)
入場券


一歩一歩近づくと・・・・明治のロマン溢れる香りが漂ってくるようだ。
⑦正門到着


お屋敷の左手には 整然と積み上げられた石垣が見える。石垣の美にも見入った。
⑧石垣美


お屋敷の庭から。
⑨庭から

⑨庭から見える

邸内のほとんどは撮影禁止。許可されている謁見所と議場。
謁見どころ

議場


二階ベランダから見える庭園と遠景。
芝生


庭からの遠景

城跡


邸内庭から

帰り際 門扉の位置からもう一度振り返って目の奥に留めた。
門から望む


家系図①の光仲(鳥取池田家藩祖)の曽祖父が 徳川家康だったので 鳥取池田家は江戸幕府から徳川一門に準じて
厚遇された。鳥取城は外様大名の居城としては唯一 城内の建物に葵の紋の瓦を葺くことが許されていたそうだ。
池田系図



鳥取城は秀吉の城攻めの際 圧倒的な兵力で包囲網を敷き 一切の補給経路を絶つ「兵糧攻め」にあった。
兵糧攻めで悲惨な状況に陥った。その時 毛利の援軍として派遣されていた 吉川経家(きっかわつねいえ)が
城内の人々の命を助けるために自害し 秀吉も惜しむほど見事な最期だったとのことで
武人の鏡として 歴史に高く評価されお堀前に銅像がありました。

この戦いは 鳥取の「渇え殺し(かつえごろし)」と呼ばれ 秀吉の天下統一の布石となる重要なものとなったそうです。

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Author:言の葉IS
みちのく秋田在住。
座右の銘{往く言葉が美しければ 還る言葉も美しい}
日常の小さな出来事を綴ります。

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