親子旅の記録 パート⑨

広島 ~ 山口県萩市  (松下村塾を訪なう)

いつかはと願っていた 吉田松陰先生のゆかりの地を巡ることが出来ました。


東京に住んでいた頃は世田谷の松陰神社に良くお参りをしました。
そしていつか必ず 山口県萩市の松陰神社と松下村塾を訪ねたいと思い続けていました。

いつかは いつかはと願いながら目の前の暮らしに追われ 自分の夢は心の奥にたたまれたままに歳月は流れ 夢は夢と思っていたことを 息子のお陰で叶えてもらった旅でした。

憧れ続けた地 山口県萩市。
道路沿いの家々の庭先には 大きな夏みかんが枝もたわわに実をつけて 青葉とのコントラストが美しい!
青空 初夏の日差し たたなずく山々と 夏ミカンの鮮やかな黄色!
本当に山口県萩市に来ることが出来たのだと 風景の一つ一つが宝物として目の奥に刻まれていく。

松陰神社参道入り口。大きな立て看板(@_@)
bunnkaian.jpg


参道なのに チャリ? のんびりした気風なのでしょうか・・・ 緑は美しいのに・・・(@_@)
sanndou.jpg


松下村塾(世界遺産)
上記写真の参道を進み左側にあります。
松陰の叔父が開いた私塾が始まり。28歳の時に松陰がこれを継ぎ 身分や階級にとらわれず塾生として受け入れました。  
そして久坂玄瑞 高杉晋作 伊藤博文など明治維新の原動力となった逸材を育てました。
教科書でも必ず目にする立派な方々。この部屋で学ばれたのかと思うと胸が熱くなりました。
jyukutonattaie.jpg


松陰先生を描いた掛け軸と座像。
この部屋で教えを受けた若者たちが 先生の志を継ぎ日本の変革を担って巣立っていったのかと感慨深いものが・・・・・。
kakejikunosennsei.jpg


となりの部屋。 ここで学んだ塾生達の写真。真ん中の列の右端が伊藤博文。一番分かり易い。
syoukasounnjyuku.jpg


家の横には 家族にあてたあの有名な 辞世の句がありました。
「親思う心にまさる親心 今日のおとづれなんと聞くらん」
oyaomoukokoro.jpg


吉田松陰幽囚(ゆうしゅう)の旧宅(世界遺産)
titinosyakuya.jpg

yuuheinokyuutaku.jpg


参道突当り。松陰神社ご本殿。
吉田松陰を祭神とする神社。
ご神体として松陰愛用の赤間硯(あかますずり)と父叔兄宛てに書かれた書簡の二品が祀られています。
torii.jpg


松陰神社の扁額のアップです。
watasinobousi.jpg

松陰の志を引き継いだ塾生達。つづら折りの山道でひときわ目を引く松陰記念館前のモニュメント。
tabidati.jpg

松陰記念館。
ayouinnkinennkann.jpg

長州ファイブ
後方 左から造幣局長となった遠藤謹助。鉄道庁長官となり鉄道の父と言われた井上勝。初代内閣総理大臣 伊藤博文。
前方 左から初代外務大臣 井上馨。工部卿となり工業の父と言われた山尾庸三。
長州ファイブと呼ばれイギリスからの帰国後 海防強化だけでなく産業の近代化に取り組んだ。
goninnsyuu.jpg


松陰先生の教えを受け その志を継ぎ この日本国を守るという強い使命感と冒険心を併せ持つ若い力が 近代日本の創造を可能にしたのだと思います。


「身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし大和魂」
この辞世の句が 多くの塾生の胸に刻まれ 明治維新を成功させる原動力となって 経済大国となった日本の礎となり その上に築かれた現在の日々があることに思いを深くした旅でした。
プロフィール

言の葉IS

Author:言の葉IS
みちのく秋田在住。
座右の銘{往く言葉が美しければ 還る言葉も美しい}
日常の小さな出来事を綴ります。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
言の葉ISカウンター
言の葉IS

FC2Blog Ranking

リンク
検索フォーム