いつの日か きっと

いつの日か きっと
世の中は何か常なるあすか川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる
(世の中に変わらないもの常住不変のものなんてあるのだろうか。いやありはしない。あの飛鳥(あすか)川の暗く淀んで淵となっていた所さえ 今日は川の主流となる瀬になったりもするのだから)

平平凡凡と毎日繰り返される 日常のひとこまひとこま。
当たり前のささやかな日常が当たり前ではなくなり 十日が過ぎた。

濁流に家が流され家族を失い抱えきれないほどの不安と悲しみをを抱えながらも 命あった者同士支え合いながら 暖房も食べ物も行き届かない体育館の中で じっと時を待つ人々。

映像に映る被災された方々は いつ自分がその立場になるかもしれない姿であり 決して他人ごとではないのだ。

今自分にできる小さなことを一つづつ実行してゆこうと決めた。

いつかやせたら着られる日が来ると大事に仕舞い込んでいたコートやアノラック類を クリーニングのタグがついていることを確認して全て段ボールに詰めて救援物資として運んだ。
その帰り道テレビ朝日のドラえもん募金に送金した。

家の中では待機電力のコンセントをやめ プラグを使って電源から切る。
コーヒーメーカーや電機ポット電気釜の保温をやめる。
テレビのつけっぱなしをやめる。
暖房の温度調節はこまめにし 日中は20度Cに設定する。
電話の使用は極力控えメールのやり取りとする。長電話など論外である。

今まで当たり前と思っていたことが当たり前えではなくなった。
日々の暮らしの中で小さな不便と不自由を少しづつでも続けることで 被害にあわれた方々へのエールとなり 少しでも多くの電力が届きますように。

小さな手間の貯金が被災された方々の例え一回分であっても携帯電話の充電の御役に立ちご家族との安否を確認できるよすがとなりますように。
避難されている方々のもとに早く十分なガソリンや灯油温かい食事が行き渡りますように。

被災九日を経てもがれきの下で生存してくれた十六歳の少年と八十歳の祖母の生命力。

神戸の駅前で募金活動をしてくれている中学生達。
(僕たちは阪神大震災の時に生まれました。その時にお世話になった東北の方たちに今恩返しがしたくて募金活動をしています)と粉雪舞う寒い中を笑顔で元気に励んでくれている映像を見た。
こんなに若いのに報恩の真と真心の順送りを実践する姿に頭が下がる。

そして避難場所となっている体育館の隅っこで卒業式が行われ(必ず僕たちの町は復興します)と語る中学生達。
地元に愛され育まれてきた自信と郷土愛。

身も心も健やかに伸びゆく若木のような三つの映像に深く心打たれた。
そして希望の光を見た。人間の凄ごさ 逞しさ 素晴らしさ。

人生は命のリレー。いにしえから営々と築かれてきた人間の営みは どんな時にもめげることなく逆境の中にも必ず根を張って命の芽を息吹かせるものだ。

いつの日か きっと・・・・・。
心を一つに合わせ復興に向けて自分にできる力を尽くしていきたいとの思いを強くしている。

一日も早く被災された方々に 心ひららかな日常が戻りますように。


お読み下さって有難うございます。
毎週火曜日に更新しています。次回は三月二十九日です。どうぞご覧下さいませ。

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Secre

No title

 相馬先生、こんにちは。先生のブログを毎週楽しみにしております。ただ先生のブログにメッセージを送るのには私の拙い文章ではとても恥ずかしくて…と投稿を見合わせておりましたが、今回思い切って投稿させて頂きました。誤字、脱字、間違った表現などありましたらダメだしをお願いします。

 指摘してくれる人や、学のある人が仲間内にいないもので。 先生の被災者への心遣い、すごく感動致しました。みんなのほんの少しの気遣いが、積み重なり復興への第一歩になるのですね。


 節電に関してですが、これが一番手軽にできることですが、効果は高いですね。しかしこの節電について間違った知識を持ってる人が非常に多いので、それらについて記載させて頂きます。 

 まず基本的に電力は貯められません。ですので電気利用需要の無い深夜などに節電を行っても高い効果は得られませんから、電気需要のピークは午後6時から午後7時だったと思います。
  次に節電の効果は東日本(50Hz周波数帯電圧域)のみでしか効果がありませんその理由は周波数変電施設の送電限界です。分かりやすく言うと西日本と東日本で電圧の周波数が違うのは皆存じだと思いますが、その周波数を変換できる施設は3つしかなく、電力は基本的にためられないので、そこで変電できる量しか東日本には送電できません。 

 現在私は京都に出張中なのですが、水とカップめんの買占めが酷いです。みんな自分さえよければいいのでしょうか?嘆かわしいことです。 ですから相馬先生のブログですごく癒されました。 

日本人として

こんにちは。

3・11から約2週間。
TVに映し出される映像もずい分と変わってきました。

避難所での生活。
男の人達はドラム缶の上に鍋や釜をのせ炊き出し、役割分担しながらおにぎりをにぎるお母さん達、
火の周りを囲み話ながらそれらを食べるお年寄り、
年齢に関係なく集まり、新聞紙での折り紙や手作りのすごろくで遊ぶ子供たち。
デジャブ…かってどこかで見たことがあるような日本の風景です。

ふと一千年以上前の「和をもって尊しと為す」という言葉を思い出しました。

「個」という考えは、明治以降急速に日本に広まり、それまで縛り付けられていた邑や家から個人を解き放ちました。それから現在に至るまでどちらかと言えばインテリジェントな思考とされていると思います。でもこういった状況の時、「個」と言う考えはどれだけ機能するでしょうか?

企業のIT化が進みペーパレス、社内文書もメール送信で済むようになり、ならいっそうのことオフィスも欧米風にパーティション(間仕切り)に分けて個の空間を作って…としたところ、ちょっとした打ち合わせにもその都度席を立たなければならず、コミニュケーション不足で不具合が生じ、結局もとのお互いの顔が見える状態にしたと、読んだことがあります。

インタビューに答える人達の多くが「もっと大変な人もいるはずだから」という言葉を添えています。
「家族全員が行方不明」とむしろ平静に淡々と答える人。

日本人は自己主張が少なく感情が見えにくいというのは、よく外国人(欧米人?)との比較で、マイナス点として散々言われてきたことです。けれど、そういった点が、この大災害時においては、むしろ崇高な美徳として各国の賞賛を受けています。

経済的にも学力的にも他国に抜かれることが多くなり、斜陽?と思えるような日本でしたが、それら日本を支えてきたはずのものが一切失われてしまった瓦礫の中、その国民性だけで世界を感動させることが出来たのは、何よりの誇り、これからの日本を支えていく大きな自信になると思いました。
プロフィール

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Author:言の葉IS
みちのく秋田在住。
座右の銘{往く言葉が美しければ 還る言葉も美しい}
日常の小さな出来事を綴ります。

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