神仏のご加護に

須梨槃特「すりはんどく」の白い花

空気が澄み渡り 空が一段と高くなった。
ススキの穂を揺らしながら通り過ぎる秋の風。
春や夏の風が緑なら 秋風は白い風だろうか。

秋晴れの朝 まるで朝焼けに染められたばかりのような茗荷を頂いた。
洗って笊に上げると 水滴がキラキラと光り ひとつひとつが 宝石のように美しい。

早速 半分を生食用に取り分け 残り半分は 醤油漬けと酢漬けにして 瓶に保存した。
生食用の一部を きゅうりとツナ缶であえてサラダにするために 千切りにした。
台所中に茗荷の香りが広がった。香りも姿も美しい。
この香り成分は 集中力をます効果が明らかで カリウムと食物繊維も多い優れた食品だ。



子供の頃 祖母がよく昔話を聞かせてくれた。
その中に(茗荷宿「みょうがやど」)と言う話があった。
宿屋の主人が 旅人に忘れ物をさせて ひともうけしようとずるい事を考えた。
そこで物忘れをするという茗荷の料理ばかりを旅人に食べさせた。
しかし翌日旅人が忘れて行ったのは・・・・宿代だった と言う話だった。


我が家の子供たちが育つ頃も 日本昔話で 茗荷の忘れ物をテーマにした昔話があった。
子供の頃から茗荷イコール忘れ物のイメージが定着しやすいようだ。


中学生になった頃 そうめんの薬味に添えられていた茗荷を見て 亡き祖母に 茗荷宿の話をしてもらったことなどを話し 祖母の思い出話を家中でしたことがあった。

ひとしきり 祖母を懐かしみ思出で話をした後で 父が茗荷にまつわる話をしてくれた。

須梨槃特(すりはんどく) 又は 周利槃特(しゅりはんどく または すりはんどく)と呼ばれるお釈迦様の弟子の羅漢のお話だ。

須梨槃特はとても真面目で一生懸命に修行をするのだが物忘れが半端ではなく 自分の名前さえも忘れてしまう。そこでお釈迦様に言われて 自分の名前を書いた名札を首からぶら下げるのだが その名札を掛けるのも忘れるくらい ひどい物忘れだった。

そこでお釈迦様が 須梨槃特に 「他の修行はしなくてもよいから お前は(塵を払え)(塵を払え)と唱えながら修行場の掃除をしなさい それなら出来るだろうから」とおっしゃいました。


真面目な 須梨槃特は 来る日も来る日も お釈迦様に言われた通り (塵を払い)続けました。
そのうちに 塵には目に見えるものと 見えないものがあることを知ります。
そして真に 払い除くべきものは 自分の心の塵であることに気付いてゆきます。
こうして知的障害を乗り越えて お釈迦様の弟子にふさわしい 尊者となりました。
須梨槃特のお墓の周りには 茗荷が生えました。
地面ぎりぎりに 葉の間に埋もれながら はにかむ様に咲く 白い花 。

どんな時にも 辞めない 休まない 諦めない 素直な心で ひたむきに 自分で志したことへの思いを貫き通すことの大切さと素晴らしさを教えてくれる 須梨槃特の白い花は 悟りの証「あかし」


こうして 須梨槃特の霊は 仏道修行に励む人を守る神となったそうです。
心ここに在らずで 只掃除機をかけているだけの日頃の 己を恥じ入るばかりです。

星の王子様のお話にも《本当に大切な物は目には見えないんだよ) と言う一文がありますが 愚かなことに見えるものばかりを求め 見えないものは気付かないままで日々の暮らしに追われています。

良い物も悪い物も 心を澄ませないと見えてきません。
自分の心の中の 悪い物 愚かな物を取り除こうとの思いも込めながら きちんと掃除しなくてはと思いました。


自分の名前を荷なって 苦労していたことから 名を荷う→名にも艸「くさかんむり」をつけてこの草を 茗荷と名付けたそうです。


この茗荷と言う音が 冥加(知らないうちに受ける 神仏のご加護)に通じるという縁起を担いで 武門の家柄などでも広く家紋として使われています。

須梨槃特の 純粋で尊い心を敬いながら 冥加(知らず知らずに頂戴している 神仏のご加護)に感謝をして秋のひとひ(一日)の小さな出来事を綴りました。


拙いブログを最後までご覧下さって本当に有難うございます。
毎週火曜日に更新しています。次回は十月四日です。言の葉ISの絵の無い絵本。
どうぞご覧くださいませ
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言の葉IS

Author:言の葉IS
みちのく秋田在住。
座右の銘{往く言葉が美しければ 還る言葉も美しい}
日常の小さな出来事を綴ります。

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